就活をテクニックだけで乗り切ろうとしたA君の顛末

「斉藤さん、僕は人をとことん利用する冷たい人間です。自分を変えずにテクニックだけで就活を乗り切ってみせますよ。そのためにあなたを存分に活用させていただきます。」


就職塾で初めて会ったとき、A君は私にそう言い放った。

まったく変わった学生もいるものだなぁ、と思いつつ、しばらく口出しせずに好きなようにやらせてみることにした。

率直なところ、「ああ、この学生、就活ダメだ」というのが第一印象。

エントリーシートや面接対策でアドバイスを受けるたびにA君は大学ノートに


「自分の表現したものが相手にどういう感情を抱かせるのか」
「不快な印象の表現、態度だった場合、表面的にどうつくろえば評価が得られるのか」


延々とメモし続けた。


模擬面接は、こんな調子。


A君:「私はアルバイトで部下に指図して○○をやらせるようにしました。」

私:「その言い回しだと、相手を利用しているように思えるよ。こんな表現に変えてみたら〜」

A君:「実際、利用していたんですが、、、あーわかりました。表現を変えることにします。」


アドバイスを漏らさずメモし、すべて覚え込む。そして、自分の中身は変えずに、表現と表情、立ち居振る舞いだけを変える訓練を黙々とやり続けた。


そんなA君の熱意に周囲が少しずつ引き込まれ、


「よし、中身を変えずに内定、応援するぞ!」


就活塾仲間も、自主ゼミを彼のために開き、徹底的に模擬面接の相手をしてあげていた。


A君の『就活テクニック・ノート』が5冊目に入った時、彼の自己PRもエントリーシートも、はたまた模擬面接も、わざとらしさは多少残るものの、かなりのレベルに達しているのを感じた。

そして、テクニック・ノートの7冊目が記入し終えてすぐ、A君は第一志望の都銀に内定を果たした。


内定報告でA君は次のように言った。


A君:「ありがとうございました。おかげさまで自分を変えずに第一志望に内定することができました。本当に心から感謝しています。お礼と言っては何ですが、これからは後輩のアドバイスのためにある限りの時間を割かせていただきます。」


私:「ん?」


なんか違和感を覚えてA君の表情をまじまじと見直した。


友達B:「なんだ、おまえ、中身、いい人に変わっちゃってる。
 初志貫徹できなかったじゃねーか。」


仲間がはやしたてた。A君ははにかむような表情で喜びをかみしめていた。

いい心意気の仲間と一生懸命何事かに取り組めば、人柄さえも変わってしまうというお話でした。